
吉良邸跡に行きました。忠臣蔵で有名な吉良上野介義央が、赤穂浪士によって討取られた場所が吉良邸。ここは、その吉良邸の一部が残された場所で一般公開(無料)されています。
両国駅から徒歩約10分とアクセスも良く。相撲部屋や住宅が立ち並ぶ静かな場所にあります。

狭く低い入り口をくぐり中に入ります。「吉良邸跡」という表札が出ていました。中には誰も居ません。ひっそりとしていました。

吉良家の地元、吉良町から寄贈された碑のようです。

首洗い井戸。本物では無くイメージだと思います。槍に吉良上野介の首をくくり付け、赤穂浪士が泉岳寺まで歩いた場面を思い出しました。現在も、吉良邸から泉岳寺まで歩く体験をする方がいらっしゃるようですが、4・5時間掛かるようです。
江戸時代と言えども、そんなに長い距離を討ち入りをした当事者達が歩けたのが不思議な気がします。民衆に祝福され、赤穂浪士の家族や恋人は複雑な心境で泣き崩れる。そんな感じの場面ですよね。かなり脚色されていると思いますが。
吉良邸跡は、当時の86分の1の敷地だそうです。忠臣蔵当時の吉良邸は広大だった様ですね。広い屋敷に抜け穴を作ったり、色んな仕掛けをしていた忠臣蔵の場面を思い出します。

吉良上野介にまつわる場所に初めて訪れた気がします。忠臣蔵は赤穂浪士側の視点で描かれている場合が殆ど。吉良上野介は歯がゆい程の悪者に描かれているのが常。
赤穂浪士を偲ぶ行事は各地で行われています。ゆかりの無い筈の私の地元(福岡市)でも毎年行われています。
でも、吉良さん関連は少なそう。
この石碑には「赤穂義士遺蹟 吉良邸跡」と書かれています。主人公は結局、赤穂浪士という事なのでしょうか?

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